心えがお 株式会社

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平気で生きておる事が悟りやった

カテゴリー:人間力, 生き方

人間はいつ死んでもいいと思うておったのが悟りやと思うておった
ところがそれは間違いやった。平気で生きておる事が悟りやった。
2012年06月23日(日)
永平寺78代住職 宮崎禅師の動画と出会いました。
そして、ずっとこの言葉が頭に残ってしまったのです。
こんにちは!
心えがお代表 岸田知佳です。
今日は、その当時に書いた記事からです。
17の頃、「死ねないから生きてるだけ。いつ死んだって構わない。」とえらくひねくれていた時期がありました。
深夜中、出歩くのも怖くなくて、夜な夜な、お金だけを持って寝台車やバスなどを乗り継ぎ、東京から徳島までフラフラ移動した時の事。
まるで自分が境地に立ったかのような気分。
「怖いものなし。どーだ凄いだろ。」ってとんだ勘違い野郎;
何が勘違いかって、
失うもの(大切なもの)がないのだから、怖くなくて当たり前だったのだ。
(※もちろん、実際には失うものはありました。ただ、その頃の自分は本気でなにも自分にはないと思っていたのです)
見落としていたのは『生きる事が怖い』って感覚。
そう、結局はまんで逆。

私は、死ぬことと同じくらい生きる事が怖い。という感覚に陥っていました。
これ以上、背負うことも、得ることも、重たかった。
得れば得るほど、それを失う危険は増えて、背負う荷物が増える。
のし上がれば、そこに責任とプレッシャーが押し寄せる。
失う事が怖い
失敗が出来ない
だから、もう得ることが怖い
私は、だから得ることをやめました。
「生きる」ことをやめていました。
(※ここでいう「生きる」とは「生かされている」ことではなく、「生きる」ことです)
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失う事が怖くて得ようとしない。
つまり、得ることから逃げているのではなく、そこにある肯定的な意図は
【 失う事から逃げていた 】
ということ。

もっというと・・・
その深層心理に隠れているもっと奥底の潜在意識に根付いたものは
みっともない自分を許せない
ということ。
もう恥をかいて傷つきたくない
ということです。
さて。恥をかいたのも傷ついたのも誰?
自分でしょ~?
つまり、自分のせいだよね~
(この話はまだ今度機会があればします)
『平気で』生きること以上の悟りってないんですよ。
失う事あったとしても、失う事も含めて受け入れられる=愛せる=認められる=許せる。
だからこそ『今を平気で』生きることが出来る。
これに気付けた時、私は一気に脱力して、涙が出てしまったんです。
今日の自分への質問>>今をどれくらい平気で生きていられてる?