30才からのロサンゼルス生活

30歳まで日本で育ち、その後の人生

30才からのロサンゼルス生活

トラブルを乗り越えるプロセスが教養

カテゴリー:Diary

昨日、雨の中をスーパーから帰っていたら、4,5歳くらいの小さな子供が可愛い長靴を履いて、

水たまりに・・・

ばしゃん!!!

その子の洋服に泥水がかかっちゃって、泣いちゃいました。
あ~これこれ。こういう体験が大事なのよ~。
こんにちは! 岸田知佳です。
今日の記事は、2013年11月07日にアメーバブログでアップしていた記事からです。
ー ー ー ー ー
誰だって、トラブルは出来ることなら避けたいものですが、私の知り合いに、こんなことをいう社長さんがいらっしゃいました。
トラブルには自ら突っ込んで言った。なんでかっていうと、 何かを学びたいと思った時、 やっぱり、ただ単に学んだ時と、 トラブルがあって、必死に学んだ時とでは、 深さが違うと感じたから。
そもそも、トラブルっていうのは何故起きるのか。
それは「知らない事があるから」なんじゃないかと思うんです。
いつだったか、「「知らない」ということ自体が罪だ」というのを聞いたことがあります。
文頭の子供の例で書きますと、
「大きな水たまりがある」→「飛び込むと水が服にはねる」→「避けよう」
みたいに、知って入ればトラブルを回避する選択をすることができました。
人は自分の知る許容範囲の中だけで生きていれば、 そうトラブルには巻き込まれないものです。
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とはいえ、私たちは沢山の人との関わりの中で生きていますから、 自分だけが「知っていれば」トラブルに無縁なのかといいますと、 そうではありませんね。
他人からもたらされるトラブルもあるはずです。
しかし、それも「知って」いれば、対処法が身に付いていますので、 そう何日もトラブルに頭を抱えることもないでしょう。

教養とは、自分自身を知る事でもある

以前、とあるお客様の接待でお食事に行っていた時のこと。
そこで出てきた生牡蠣を見て、
「私は生牡蠣に3回もあたった事があるんです。だからもう食べるの怖くって。」
といって、残されていました。
その姿を見て、これも「教養」なのだろうと思ったわけです。
タイトルには、「乗り越えるプロセス」と書きましたが、その手前の段階で、トラブルになる可能性を回避する「選択が出来る」ことも「教養」の賜物なのだと思います。
しかし逆に、生牡蠣に当たった体験を経験しているからこそ、当たった時の対処法を知っていて、安心して召し上がられる方もいらっしゃると思います。
これを思うと、教養というのは、例え同じ教養がなされたとしても、その人その人の解釈によって行動(=対処法)が変わってくるということが分かります。

そこで繋がったのが、THE☆金八先生の言葉♡

事故が起こったときに自己を発見する。
トラブルが自我、自己を見つけさせる。
昨日の記事でも、 「人間というのは、ピンチに追いやられた時にこそ、本当の実力がわかる。」
と書きましたが、
事故(トラブル)が起こった時にこそ、悩んだり、考えたり、今の自分の実力を見つめなおすことが出来ます。
そして、トラブルを乗り越える力(自分自身の対処法)を知るきっかけとなるのでしょう。
今日の自分への質問>>トラブルから私はどんな自己を発見できた?