心えがお 株式会社

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情欲に溺れている方が人間としてリアルだ

カテゴリー:生き方

劇団ひまわりにいた頃の合宿で、お寺へ修業に行った事がありました。
座禅、草むしり、質素な食事と、外にある釜の風呂。
昨日はそんな話をしました。
「それをやる事で何か変わるの?」
不思議そうにM姉さんが聞いてきたので、私はこう答えました。 「変わるというか・・・自分の欲深さに気付けて、欲が無くなっていく気がしました。」
「やだー!それって人間っぽくない~!」
と直ぐに返されました。
こんにちは!心えがお代表 岸田知佳です。
今日は、2012年8月30日に書いた記事に、今の私の言葉を付け足して綴ります。
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情欲に溺れている方が人間としてリアルだ

(加持リョウジ 『新世紀エヴァンゲリオン』より )
私は「恐れいりました」と思いました。
なぜなら、これまで「欲がなくなる」と聞くと、大抵の人はこう返してきたからです。
「素敵ですね」「凄いですね」
その返事をもらう度に私は、
(ああ、この人も「欲」=「悪」(じゃなくてもそれに近いもの)だと感じているのか。。)と思い、どこか分かり合えない気がしていました;
記憶が随分と過去に遡ります。
母と三姉妹で寝ていた小学1年生くらいの頃。
寝室には「相田みつを」さんのカレンダーが張ってありました。
物心ついた頃から、私は寝ることが苦手で、なかなか寝れないので、いつもカレンダーの文字を見つめていました。
そこに[ 人間は欲望の塊 ]と書いてある月がありました。

※正確には、「にんげん 我欲のかたまり にんげんのわたし」です。

『なんて汚らしいことを書いているんだ。この人は人間に絶望したのだろう。』
当時の私は、そんなことを思っていた記憶があります。
幼稚園がキリスト教だった私は、イエス様のお話を毎日のように聞いていました。
そんな私にとって、「欲」というのは、悪の象徴のように感じていたのでしょう。
でも、姉さんは「やだー!」そして「人間らしくない」とま言いました。
真っ正直なストレートな回答に、私はなんだか嬉しくなってしまったんです。
人間の欲は、時に私たちを悩ませ、苦しませ、辛くなったり、劣等感にかられたり・・・心の葛藤の原因になることが多いですが、 何もマイナスな事ばかりではないはずです。
欲があるから、人は向上し、進化を遂げていきます。また、達成感などの味わえる感情もあることでしょう。

もし、人間から欲を全て奪ってしまったら・・・。
そういう人って魅力的なんだろうか?
情欲に流されるのはいい。
だけど、流されているという自覚を持つんだ。

( 岡本太郎 『愛する言葉』より)

「欲張り」って言葉、マイナスに捉えがちですが、
貪欲も欲張りも、楽しめる人間になればいい。
そう思っています。
欲に支配されるのではなく 、欲を楽しめる人間で在ればいい と思っています。
彼女が「やだー!」と言えるという事は、欲を楽しめているのだと思うし、
全ては「人間らしさ」「人間くささ」ってやつを認めているからこそ。
自分の欲を肯定し、許し(愛し)、人間らしく生きているのだと感じていました。
自然の流れに身をまかし、自然に生きるというのは、
人間にとっては「人間らしく欲を持ち、人間くさく生きる」。
そんな生き方を、いうのかもしれません。
人間に生まれたのだから。
大切なのは、その「程度」でしょう。
※勘違いしてしまう人がいるかもしれないので、一応書きますが、
欲を持つことと、贅沢をすることは、同じではありません。
物理的なものと、目に見えないものを一緒にして考えてしまうと、おかしなことになります。
今日の自分へ質問>>今、流されているなぁと思う欲ってなんですか?
そんなことを感じている今日です。
今日も読んでくださりありがとうございました。 素敵な一日をお過ごしください!