心えがお 株式会社

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私が死ぬ時、笑って、周りの人が泣くような人生とは

カテゴリー:生き方

ぷるるるるー、ぷるるるるー・・・

お昼になる少し前のこと。
携帯が復旧した今、滅多にならない家の電話が廊下に鳴り響いた。

”ガチャ”

「はい。岸田です。」

私は、どうせ保険の勧誘とか、マンション建てませんかとか、セールスだろうと思いながら受話器をとった。

「Mちゃんええ?」

M、とは妹の名で、
自分の名を名乗らなかったが、電話の向こうの声は誰だかすぐにわかった。

5年前に虹の橋を渡ってしまった祖母の妹だ。

私「いえ、違います。ちかです。」
祖母の妹「ああ、ちかちゃん。返っとったん?」
私「はい。妹は今お仕事に出てます。多分、帰るのは夕方になると・・・」
祖母の妹「ああ、まだ○○にいっきょんやなぁ。じゃあ、お昼だったらおるで?」
私「あー・・・そうですね。ただ、もう来月から東京の方へ行くんです。」
祖母の妹「そうじゃなぁ~。」

(え?・・・そんなことまで知ってるの?)

東京でずっといた私は、祖母の妹さんに最後にあったのが、祖母のお通夜の時だった。
正直書くと、祖母がいなくなった今、だんだん関係は離れていくのだろうと思っていたものだから、妹の個人的な情報を知っている事に驚いていた。

祖母の妹「いやね、私、もう動けんけんなぁ、まみちゃんに、車に乗せて、連れて行ってもらったりしとったんよぉ。ほなけん、向こうに行くまでに、一度会いたいと思ってなぁ。。。土日なら、昼間おるで?」


私はさらに驚いていた。
彼女の発言は、私の予想だにしないことだった。

私「・・・ぁ、はい。でも、今週は下宿を探しに行くので、土日いないんです。」

祖母の妹「あぁぁ・・。そうなんやなぁ。。。」

電話の向こうの声が、とても寂しそうだった。

彼女はもう80歳になるだろうか。
私が子供の頃は、よく自転車に乗って来ていたけど、今では誰かに車で乗せてもらわないと、ここまでは来れないだろう。

ちょうど今、誰かが車で家の近くまで乗せて来てくれていたのかもしれない。
もしかすると、病院がお昼にあって、その帰りに寄って会おうとしていたのかもしれない。

そう思うと、胸がキュッと締め付けられた。

私「多分、来週の土日はいると思います!帰ったら妹に伝えておくので!」

フォローをするかのように言っていた。
その後、何気ない会話を交わして受話器をおいた。
そしてすぐにこの言葉が頭に浮かんだ。

あなたが生まれた時、あなたは泣いていて、周りの人は笑っていたでしょう。
だからあなたが死ぬ時には、周りの人が泣き、あなたが笑っていられるような、
そんな人生を送りなさい。

When you were born, you cried and the world rejoiced.
Live your life so that when you die,the world cries and you rejoice.

私の大好きな言葉のひとつ。
ネイティブアメリカンの教えだ。

寂しいと思ってくれる人が、どれだけいるだろう

妹が帰って来て、早速この件を伝えた。
電話があったと言うと、妹は「え?なんで?」と首を傾げた。
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妹にとって、それはとても些細なことだったか、自然なことだったかもしれない。
けど彼女にとって、その親切はとても嬉しかったのだと思う。

彼女の心に、喜びの花を咲かせたのだ。
妹を誇りに思った。

さて、私はどうだろうか。
そういう生き方を出来ているだろうか。
今日の自分への質問:

私がいなくなったとき、周りの人に悲しんでもらえる人生を、私は歩めているのだろうか。